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おバカなプーたろう


古い写真から・・・鳳凰三山

レンズが直ってこないので写真を撮ってない・・・(涙)
 
 
 
 
しょうがないから、古い写真を持ち出して今日は書くことに。
 
 
 

さて、この写真は75年の5月のゴールデンウィーク。
 
お正月の北岳登山も果たし、山にどっぷり。
月に2回も登山していた頃のおはなしです。
 


 
春山になって、どうやら単独行でもいけそうになってきたもので、「私の北岳」が見える鳳凰三山を登ることにしました。
一番南側の夜叉神峠の小屋は前の年に留守番のアルバイトまでしましたから、北の地蔵岳から登って、観音岳、薬師岳と南下して、最後に夜叉神峠の小屋でゆっくり遊んで帰る、という計画。

新宿23時55分発の鈍行松本行きで出発します。
乗っているのは登山者ばかり。(だったと思う・・・) 
 
甲府に着くのが2時半ごろだったか。
途中、日野春駅で1時間も止まる電車でした。
穴山駅下車。
予約してあった鳳凰小屋のマイクロバス(だったかな)が迎えに来て、穴山駅で下車した人を一人を除いて全員収容。
駅から歩いて出発していた登山者に「乗れ、乗れ!」と執拗に誘う鳳凰小屋主人の妹を無視して歩く登山者に(誘うほうにも)びっくりしながら、御座石鉱泉に到着。
 
さて、荷物を担いで急な登りを歩き始めました。 
 
 
同じ電車、同じ車で来た登山者同士、なんとなく、あえば話をしながらの登り。

若い、可愛い女の子が一人、キャラバンシューズに小さなナップザックで歩いています。
 
どこまで行くのかなあ。ハイキングには向いてないコースだけど・・・などと思いながら、あちこち眺めたり、写真を撮ったり・・・。


                                        ( 燕頭山付近からの観音岳? )
 
途中、燕頭山(つばくろあたまやま)というピークに登って、一回下ります。(もったいない)
ここで、車に乗るのを拒否したあの単独行の男性に追い越されました。
す、すごい。ものすごい速さです。
 
燕頭山は2105m。 下った道をまた上り始めたあたりから、登山道は雪に覆われ始めました。雪のところを歩いているうちに、あの、キャラバンシューズの女の子が凍った道に困っているところに皆止まってしまいました。
「可愛い」女の子ですからね。
 
ハイキングに来たのだけれど、皆が行くのでつられてきてしまった、のだそうでした。
ずいぶん頑張って登ってしまったので、
山屋の男の人たちは、「 俺たちがついているから大丈夫、ナントカしてあげるよ。」という気になったらしいでした。
 
まず、キャラバンシューズは防水性がないので、足がびっしょりでした。
ぷーままの予備の靴下を履いてもらい、その上にビニール袋、そして、ぬれた靴下を履いて、キャラバンシューズを履く、という防水を施しました。

 
彼女以外は、全員、アイゼン、ピッケル、スパッツ着用です。
当然のことですが、私のザックの中には、ツウェルト(簡易テント)、コールマンピークワン(小型ガソリンバーナー)、ガソリン、コッフェル(アルミ食器)、シュラフ、マット、ダブルヤッケ、食料、雨具、着替えが入っていました。
おそらく、他の人たちのザックにも入っていたに違いありません。
 
たとえ、天候が急変して吹雪になったとしても、その場でツウェルトに包まって2日くらいしのげる物を持って歩いていたのです。5月の3000m峰ですからね。(2800mですが) 

彼女の持ち物は、ナップザックの中にお弁当と水筒だけ。

 

だんだん高度が上がって、雪が凍りだすと、キャラバンシューズでは、雪面をグリップできないので登ることが出来なく成ります。
私たちは、彼女のためにピッケルで凍った雪面を階段状に切って登りました。
 
 
幸い、天候が崩れることは無く、無事鳳凰小屋に到着し、翌朝の早立ちのために夕方のうちに地蔵岳ピストンをしておいて、翌日は鳳凰小屋から観音岳へ凍った雪面をトラバースしていくことに決まりました。 
私たちは、いつの間にか、彼女が困ったときには近くにいるものが助ける、というそんな共同体になっていたのです。
ですから、翌日の行動も一応話し合っておかなければならなかったのです。
(彼女一人では絶対降りられないからね・・・)

一番上の写真が地蔵岳です。この岩峰を「オベリスク」といいます。
花崗岩が風化して出来た地形です。
 

                                 (高嶺とアサヨ峰の間からのぞく千丈岳) 
 
 
 

 
さて、この日に宿泊した鳳凰小屋はふもとの御座石鉱泉と同じ経営者なのですが、とかく評判が良くありませんでした。
いまでも、「鳳凰小屋」で検索をしようとすると、「鳳凰小屋 評判」などという検索事項がでるくらいです。
そのころは、登山者をトラックにギュウギュウ詰めにしてタクシーと同じ料金を取ったとか聞いたことがありました。
実は、朝、乗せてもらったマイクロバスもギュウギュウでタクシーと同じ料金でした。

でも、そのときの私はなぜ、どうして評判が悪くなったのかと言うことは、知らなかったのです。

 

 
その夜のことです。
登山者というのは、だいたい、早い夕食を食べて、一杯飲みながら、ひと喋りしたら寝てしまいます。朝は6時頃には出発できるように(夏場は5時前)4時には起きて朝ごはんを食べます。

いったい何時ごろのことだったでしょう。
鳳凰小屋の親父が寝ている登山者を起こしたのです。
「夜叉神峠から町に下りる道が昨日崩れて通行不能になっている。今日は御座石鉱泉に降りるように。」と言うのです。
御座石鉱泉は彼が経営する、私たちが登り始めた場所の温泉です。

私は、数日は夜叉神峠の小屋にいるつもりでしたので意に介しませんでした。
予定の時間まで、また寝ました。
他の人たちはいろいろ考えたようです。
評判を知っている人たちは、「行って見なければわからない」と思ったようです。
「いきゃあなんとかなるさ」というケセラセラ的な人もいたようです。

 

そこそこのお天気の鳳凰の尾根をあっちを見、こっちを見、ゆったり楽しく歩きました。
なだらかな下りがちの道ですから、楽ちんで、
ただ、深い残雪の表面だけ凍っているので、うっかり踏み痕をはずすと、『ボスッ』と腿の付け根までもぐってしまい、その表面のかたい氷にぶつかるので、腿の付け根にぐるりとあざができました。
 
 
夜叉神峠から登ってきた自転車を担いだ3人連れには驚きました。
何でも自転車には『峠越え』と言う記録があるそうで、そのために自転車を担いで高い山の峠も越えるのだそうです。
 

鳳凰三山、最高でした。
なんと言っても、私の一番大好きな北岳がずーっと右側に見えているのです。
 
 
 
これは、たしか観音岳の頂上だったと思います。
 
 
 
 

雲をバックにしている右の山が北岳。手前に続くのが冬登るのに使った池山吊り尾根。
左は間の岳(日本4位の高さ)。
このふたつの山の鞍部に北岳稜線小屋がありました。
 
 
 
 
最後のなだらかなくだりを走って降りていくと、前方から大きな黒い影が・・・
 
「 あら、クマだわ! 」
 
周りの人のあせったこと。
このときの「クマ」は、夜叉神峠の小屋のオーナーの飼い犬。
大きな犬で、私も初めて夜叉神峠に留守番に行った時に夜中に壁を引っかく音におびえたものでした(笑)。
 
 

無事、夜叉神峠の小屋について、道のことを訪ねると、鳳凰小屋の主人の話は全くの嘘。
いやー驚きました。
あんな嘘、付いちゃう人がいるんですね。
 

 
 

 
 

通行止めと聞いても夜叉神峠に来た7人。
キャラバンシューズの彼女も来ました。
好天とみんなの親切に支えられて、3000m近い春山を縦走してしまいました!
 
皆と住所の交換をして別れました。
このあと、夏に北岳に来てくれた神戸の人もいました。
写真を撮って、山からのパノラマの俯瞰図を作ってくださった人も・・・(けっこう有名な方でした)。
 
しばらくお手紙のやり取りをしていたのですが、もう今は音信不通です。
 
 
 

 

 

若き日の山ですよ。
 
 
 
 
 

« 大山 VOL.2 – 古い写真から・・・甲斐駒ケ岳 »

作成者:
ぷーまま
日付:
2009年10月23日 um 1:40 PM
Category:
登山
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