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おバカなプーたろう


祖母の写真

 
ここに写っている私は2歳。
当時住んでいた鎌倉材木座の家でのワンショット。
  
父と母と祖母。
とうとう3人とも向こう岸の人となってしまった。
  
当時祖母は58歳。母は28歳、父は32歳。この写真が何月だかわからないが、7月に祖父が58歳で亡くなり、伯父はアメリカに留学中だったので祖母は鎌倉の家に越して来たのだった。翌年の1月にその祖母も亡くなった。
今回父と母は7ヶ月違いだったが、祖父と祖母は6ヶ月違い。
祖母も心臓で亡くなったのだった。
  
28歳の母はどんなにか寂しかっただろう。
  
  
昨日、探し物をしていたら、母の書いた「自分史」が見つかって、やっといつ祖母が亡くなったのかがわかった次第。 
  
いつも母と話していたようで、何にも話していなかった自分に気付く毎日。
  
聞いておけばよかったことだらけだよ。
  
  
  
  
  
先日母の小学校の友人から電話があった。
  
名前も名乗らずにいきなり思い出話が始まった。
  
「 私はな、千代ちゃん(ばあば)と隣同士だったものだから、2階から2階へ乗り移って親の知らない間に一緒に遊んだのよ。 夏休みなんて朝から晩まで、ほんまによく遊んだわ。 あれでよく女学校にいけたものだわ。 千代ちゃんは、ほんまに活動的な人で、でもお習字なんて本当に上手で・・・・  」
思い出話は尽きなかった。
  
途中で、電話の向こうで 「おばあちゃん。」と孫らしい人の声が聞こえたが 「電話中!」と断わられていた。
名前を聞こうとしているうちに突然ぷつっと切れてしまった。
 
しょうがないからナンバーディスプレイでかけなおすと、
「 あらー、もう話は終わったわよ。 」
「 いえ、お名前を伺っていなくて・・ 」
「 あらそう・・笑。 わたしは 〇南、〇南さち子っていうの。 結婚前は北〇といったのよ。(〇には同じ漢字が入る)北から南に変わったんだから、幸せな結婚だと思ったけれど、主人とは文句ばかり言い合っていたから、もうずいぶん前に主人は亡くなったけれど迎えには来ないわね。・・・   」また、延々と思い出話が続いた。
私が知らないことばかりだった。
  
 
  
皆さんから母の思い出話を聞く。
小さいときのことが多いのだけれど、活発な物怖じしない非常にストレートな母の姿が浮かんでくる。
 
私、母に似たかもしれない。
  
  
  
  
今度の日曜が初めての月命日。
母の冬物の洋服をちょっと整理して、お友達に送ったら着て頂けるだろうか。
  
  
 
  
 
  
  
 
 
 

« 可愛い力作 – ひと月ぶりに »

作成者:
ぷーまま
日付:
2010年12月24日 um 7:20 AM
Category:
2010 日記,家族
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