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おバカなプーたろう


古い写真から 八ヶ岳ミニ合宿(’80.1.13~15)

日曜日に八ヶ岳阿弥陀岳で高校3年生の女の子が滑落して行方不明になった。
翌日無事見つかったというニュースを聞いてほっとした。
 
ああ、私たちもそんなことがあったなあと思い出した。
 
 
何て古いんだろうねえ(笑)。
 
我が労山山岳会は、他の山岳会もそうだと思うけれど、岩や沢をやるエキスパートと、楽しく稜線縦走をするグループに分かれていて、
ぷーままは、当然、縦走グループ。
時々、ハラハラドキドキの沢に連れて行ってもらったりしたけれど、普段はきっちり組む相手が違って、それでも必ず能力のあるベテランが初心者にもついて行ってくれていた。
正月やお盆の長い休みのときは、会全体でサポート体制をとって集中登山をすることになっていた。
 
たとえば、北アルプス後ろ立山連峰に登るときなどは、ぷーままの入っているチームは、超ベテランと新人が混じっていて、
難関コースに入ったチームに何かあったときは、超ベテランはサポートに行ってしまい、新人はそこそこの経験者におろしてもらう、と言う体制をとっていた。
そんな体制を使う事なんて無いんだと思っていたのだが・・・
 
 
 
この八ヶ岳のミニ合宿、ぷーままのチーム4人は、体験入会の若い女の子を連れて(男性陣頑張る!)、超ベテランの男子をリーダーにして、将来有望な入会まだわずかの若手男子1名、女の子一人では何なので、そういうわけで加えられたぷーまま(怒らない私は偉い!)の4人グループだった。
 
確か、渋の湯から登って、一日目は雪の中を歩くのを慣らしながら高見石小屋までだった。
新人の彼女にとって、すべて新品の道具(登山靴、登山ウェア、ピッケル等)を身に着けて、荷物を背負って雪の中を歩くのは初めての経験で、
なかなか足が前に出ない。
ザックの中など、本人の着替えしか入っていないのだが・・・
それを、超ベテランが先頭に立ち彼女のペースを見ながらゆっくり歩き、2番手は彼女、3番手にぷーままが彼女を観察しながら歩き、最後尾を2番手が張るという行進を続けたのだった。
 

 
この時期の北八ヶ岳は幻想的で本当に素敵。
ゆっくり一日目を歩いて、高見石小屋の横にテントを張った。
 
夜、「 あのね、トイレはすっごい遠くに行かなくていいからね。
稜線踏み外したら落ちちゃって、僕ら聞こえないからね。
何にも聞こえないから、小屋のすぐ裏で用足してね。 」
 
まさかついていくわけにもいかず、リーダーがトイレに行く彼女に必死に言っていた言葉。
彼女がテントから出て言ってかなりの時間がたっても戻ってこなかったときの彼の言葉を今でも思い出す。
『 あ~~、ザイル付けておきゃよかった。 』
 
 
 
まあ、彼女は無事戻り、2日目、硫黄岳に向かった。
 

 

 
 
 
 
幻想的な北八つの景色は硫黄の手前で消えて、そこからはアイゼンが必要な氷と岩の世界になっていた。
 
さあ、新人彼女、怖くて足が出ない。
後ろに続く私がピッケルを刺して足場を作ってあげるのだけれど、怖いからへっぴり腰になってしまって体が持ち上がらない。
ず~~~~っと停滞する彼女の足元を滑落しないようにかばい続けた私の口の周りはその後、凍傷で真っ黒になった。
 
横岳を通って赤岳に行けたらいいね、と話していたのだが(そのためにザイルも2本持ってきていた)、全く無理なのに全員すぐ気付いた。
硫黄からそのまままっすぐ赤岳鉱泉に下りることに決めた。
 
その道で雪崩に遭遇した。
前から来た人とすれ違った直後、踏み痕が消えて全員雪にぶすっともぐりこんだ。
周り中やわやわでどこにも当たらない。
どんどんもぐっていく。
樹林帯の中をゆっくり流れる雪崩だったんだと思う。
雪の面にクロールするようにして6m位進んだらまた踏み痕があって普通に歩けた。
樹林帯は雪崩れないと思っていたので本当に驚いた。
 

 

 
 
 
 
赤岳鉱泉について、『 〇=〇〇!!』、山岳会のコールを大声で叫んだのだが何の返事もない。
おかしい。
14日には岩稜を登るチームも、氷瀑を登るチームも、赤岳鉱泉のテントサイトでみんな集まるはずだったのに・・・。
 
いくら呼んでも返事がないのでテントを一つ一つ見に行った。
すると・・・テントは何張りも張ってあるのだが居るはずの人がいないのを発見した。
 
どうしたの??
何があったの??
一晩私たちは眠れない夜を過ごした。
 
翌日、元気なみんなに会えたからよかったけどね。
 
 
 
実は、岩稜登って赤岳についたグループの内、男女2人が東側に落ちてしまったのだった。
雪崩れたのだと言っていた。
残った人たちは、上から探したもののわからず、いったん赤岳鉱泉まで下りたのが、私たちが高見石にとまっていた夜の話だった。
翌日、またみんな赤岳に登った。
確か長く探して戻れず、みんな石室にとまったのだった。
 
落ちた2人はと言えば、女性の方は、「 私の方が年上なのに、年下の彼を死なすわけにはいかないわ。 」と、雪崩が締まってしまった中から必死で這い出したのだそうだ。
男性の方も、 「 僕は男なんだから、女性の〇〇さんを雪に埋もれて死なすわけにはいかない。 」と、頑張って雪から這い出たのだそうだ。
後でその2人が言っていた。
「 一人だったら死んでいたかもしれない。 」 と。
 
2人で雪の中で頑張って夜を過ごし、翌日稜線まで登って、赤岳石室に保護された。
 
日曜日に不安と心配でいっぱいの私たちの前に全員元気に下ってきた。
 
私たちは、携帯電話も無い時代、テントはあるのに人が全員居ないという怖い思いをしたのだった。
 
 
 
 
 
私が顔中凍傷になって真っ黒な顔になってしまった原因の彼女は、私たちが仲間がいないことに右往左往するのを見たからか、その後退会してしまった。
 
 
 
 
 

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作成者:
ぷーまま
日付:
2015年3月11日 um 12:00 AM
Category:
登山
Tags:
 
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