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おバカなプーたろう


快気祝いを焼肉屋で

高校時代の親友の息子・・・昔勉強も教えた・・・高校の後輩にも当たる・・・が、一昨年おそらく過労のために心肺停止で倒れた。
会社の送別会で行ったカラオケボックスでいきなり倒れたそうだ。
救急車が来るまでの間友人たちが心臓マッサージしてくれたそうだが、搬送された救急病院ではさじを投げられ、
「 お母さん覚悟してください。 もし生き延びたとしても植物状態ですから、いつ、生命維持装置を外すか考えておいてください。 」
とまで言われたのだが、奇跡的に意識を回復し、ひと月後には 「焼肉を喰いたい」 と気管挿管を外させた。
 
2か月以上の救急病院の入院はないので、転院に備えて、気管挿管の入り口が外れないようにと、軟骨まで切って喉元に穴をあけたものだから、穴がふさがらず大変だったそうだ。
シャワーなどがうっかり飛んだりしようものなら、むせて死にそうになったそうだ。
穴は今やっとふさがりつつあるが。
 
右腕の関節は全く動かなくなっていて、箸を持ってもつまんだ食べ物が口に届かず、それでも食べたい一心で動くようになった!
半年後には外泊許可をとって、やっととれたB’sのコンサートに行った!
1年たたないうちに、ネット友達とのオフ会を自宅マンションの集会室を借りて開催、その時も外泊許可をとって参加した。
 
 
 
 
 
回復に向かっていて、春から職場復帰できないかと頑張っていた、その彼が、今年の正月、家で具合が悪くなり、脳梗塞と診断された。
右半身マヒが大きく残ると言われたのだが、数週で復帰した。
確かに小脳の血管に梗塞がありかなりの小脳がその影響を受けているのだが、症状が出ていない。
一昨年の心肺停止が原因で何か所も脳神経が酸素欠乏で死んだ。 それをまわりの神経が別ルートでつながったことで奇跡的な回復があったということだろう。 
だから、今回の梗塞で影響が受けた小脳の部位は普段働いていなかったからマヒも生まれなかったということか。
 
 
 
 

 
まだまだ頑張りと訓練が必要なのだけれど、何もできないのかと思われた生還当時に比べたら、一人でも生きていける回復をしている。
 
 
 
彼の快気祝いだったけれど、本当は、彼を支えた母親である親友へのおめでとうだったかな。
 
 
 
 
 

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作成者:
ぷーまま
日付:
2015年3月31日 um 11:26 AM
Category:
2015 日記
Tags:
 
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