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おバカなプーたろう


篠田桃紅さんとその本

土曜夜のEテレを見るまで、私は美術家「篠田桃紅」なる人を全く知らなかった。
 

 
102歳というナレーションと、桃紅さんの映像にショックを受けた。
全く歳を感じさせない、頭のさえていることがわかるその話の内容、話し方。
 
 

 

 

 

 

 

 

 
人間、こういうふうに年を取りたいなあ・・とつくづく思った。
 
 
 
 
 
 
短いエッセイ集、『103歳になってわかったこと』は4月に発売されて以来、20万部を超すベストセラーになっているそうで、今日塩大臣に買って来てもらった。
(幻冬舎 1000円)
 

 
「 私は、私には死生観がないと応えました。
  彼女はたいへんびっくりしていました。
  考えたところでしょうがないし、どうにもならない。 どうにかなるものについては、私も考えますが、人が生まれて死ぬことは、いくら人が考えてもわかることではありません。現に、私に何か考えがあって生まれたわけではありませんし、私の好みでこの世に出てきたわけでもありません。自然のはからいによるもので、人の知能の外、人の領域ではないと思うからです。
  さすがに病気にならないようにしようということぐらいは考えます。しかし、死なないようにしようと思っても、死ぬと決まっています。 死んだ後の魂についても、さまざまな議論がありますが、生きているうちは、確かなことはわかりません。
  人の領域でないことに、思いをめぐらせても真理に近づくことはできません。 それなら私は一切を考えず、毎日を自然体で生きるように心がけるだけです。   』
   p10より
 
『 この歳になると、誰とも対立することはありませんし、誰も私とは対立したくない。 百歳はこの世の治外法権です。
  百歳を過ぎた私が冠婚葬祭を欠かすことがあっても、誰も私をとがめることはしません。パーティなどの会合も、まわりは無理だろうと半ばあきらめているので、事前の出欠は強要されません。当日、出たければ行けばいいので、たいへんに気楽です。しかも行けば行ったで、先方はたいそう喜んでくれます。
 今の私は、自分の意に染まないことはしないようにしています。 無理はしません。 今日、明日のことでしたら、まだ生きているだろうと思うので、お約束しますが、あまり先のお日にちでの約束事はしません。 
  自由という熟語は、自らに由ると書きますが、私は自らに由って生きていると実感しています。 自らに由っていますから、孤独で寂しいと言う思いはありません。 
 むしろ、気楽で平和です。 』
   p14より
 
 

まだ読み始めたばかりですが、小気味よい物言い、感性、すごい人だなあと感心しました。
男性にも女性にも面白いと思いますよ。ぜひどうぞお読みになってください。

 
  
 
 
 
 
 
 
 

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作成者:
ぷーまま
日付:
2015年6月2日 um 12:01 AM
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